しあわせなこと、しあわせな思い出。

ときに子どもたちを預けていても、小学校の先生方は、また私たちとは違った観点で、子どもたちのことを見てくださっているのだなあ・・・、と感じたことがあった。

かつて、思い出は、その先を生きていく力になる、とおっしゃった先生がいらして、そういう考え方もあるのだなあ、と思った。
たくさんいい思い出を作っておいてあげたい、と思ったものだった。

子育てをしていて、胸痛む思いをしたこともたくさんあった。
子どもが学校やお友達との関係でつらい想いをしているのではないか?と思い詰めたときは、胸が締め付けられるような気がしたものだった。

楽しそうにしていてくれると、こちらまでしあわせになった。
親とはそういうものであろう。

子どもが自分自身の力で、自分の人生を切り開いていこうという意志をもってくれた時ほど親が嬉しいときはないと思う。
それでも、現代の心理なのか、子どもが離れていくことを寂しく思い、そのことに執着してしまう場合もあると思う。

如何に自立させるか?あるいは、子どもの頃に、如何にその時が来たら自立させることができるための種をまいておくか?ということは、とても大切なことである。
自立して生きていくことの重要性を感じていたならば、当然に、自ら勉強もし始めることだろうし、勉強だけでのことを言っているのではなく。
当然に自分の自立する方法として勉強が必要だと感じられたなら、勉強もし始めることになるだろう。

そんな気概もある、意志のある子に育てたいものだと思っている。