彼という存在

いいか悪いかは別にして、チェリー・ブロッサムという塾を私は、学校のようにとらえている。
もちろん仕事を聞かれれば、まあ、実際に職業を尋ねられることも老いのだけれど、「塾を経営しております。」と答える。
でも、大学卒業してすぐの仕事だったからか、教員であったことが私の中から抜け出すことはない。

たぶん一般的な学校とは違う学園だった。
親御さんから離れての生活。
親御さんの分も私たちが担っている面もあった。

特に私は学校の教員であるとともに、寮生活を一緒にしていたから、学校と寮のパイプ役である面もあった。
もし、自分が寮で良くない行いをしたら、寮の先生方の学校への不信感が募らないか、いつも気をつけていた。
それに、寮生としての生徒さんの悩みをたくさん聞かせてもらった。

新卒の三年間は、私にとっては今でも宝物のような三年間だった。
たった三年しか働いていないとは思えない。
たくさんたくさんいろんなことを教えていただくことのできた三年間だった。

先輩の先生方からも、一緒に過ごした生徒さんたちからも・・・。

バンカラな学校ばかり通ってきた私が、初めて女性教育を受けたのもその三年間だったように思う。
そこで、新たに身に着けた価値観が、今の私を形作っていると思う。

だから、かつての私なら、もしかしたら、できなかった指導が、今はできている可能性がある。

もしかしたら、そんな私にとっての出会いかもしれないなあ、という出会いがたくさんある。

ある男子。
周りに愛されている。
親御さんからしたら、あれこれとおっしゃりたいことがある。
でも、彼をめぐって何かしらのできごとがあるがゆえに、なぜか教室がまとまっているような気がする。

それはそれで、いやいや彼は彼自身で十分に優秀なのだけれど、彼自身のためだけでなく、彼は十分に役立っているのである。

存在って相対的なものなのだと思う。
誰かがしっかりしていれば、誰かがちょっと緩やかであったり・・・。
私と接して真面目、几帳面、と捉える人もいれば、融通が利いてむしろいい加減に見える人もいるだろう・・・。
それは相対的なものだと思う。

いいか悪いかは別にして、チェリー・ブロッサムという塾を私は、学校のようにとらえている。
もちろん仕事を聞かれれば、まあ、実際に職業を尋ねられることも老いのだけれど、「塾を経営しております。」と答える。
でも、大学卒業してすぐの仕事だったからか、教員であったことが私の中から抜け出すことはない。

たぶん一般的な学校とは違う学園だった。
親御さんから離れての生活。
親御さんの分も私たちが担っている面もあった。

特に私は学校の教員であるとともに、寮生活を一緒にしていたから、学校と寮のパイプ役である面もあった。
もし、自分が寮で良くない行いをしたら、寮の先生方の学校への不信感が募らないか、いつも気をつけていた。

新卒の三年間は、私にとっては今でも宝物のような三年間だった。
たった三年しか働いていないとは思えない。
たくさんたくさんいろんなことを教えていただくことのできた三年間だった。

先輩の先生方からも、一緒に過ごした生徒さんたちからも・・・。

バンカラな学校ばかり通ってきた私が、初めて女性教育を受けたのもその三年間だったように思う。
そこで、新たに身に着けた価値観が、今の私を形作っていると思う。

だから、かつての私なら、もしかしたら、できなかった指導が、今はできている可能性がある。

もしかしたら、そんな私にとっての出会いかもしれないなあ、という出会いがたくさんある。

ある男子。
周りに愛されている。
親御さんからしたら、あれこれとおっしゃりたいことがある。
でも、彼をめぐって何かしらのできごとがあるがゆえに、なぜか教室がまとまっているような気がする。

それはそれで、いやいや彼は彼自身で十分に優秀なのだけれど、彼自身のためだけでなく、彼は十分に役立っているのである。

存在って相対的なものなのだと思う。
誰かがしっかりしていれば、誰かがちょっと緩やかであったり・・・。
私と接して真面目、几帳面、ととらえる人もいれば、融通が利いてむしろいい加減に見える人もいるだろう・・・。
それは相対的なものだと思う。

私だって、みんなの中にいて静かにしていたいときもあるけれど、それは出身地のせいもあるのか、明るくて楽しい人で通っているところもある。
それぞれの場所での役割がある。
だから、絶対的なその人の評価ってできないと思う。

誰かにとっては困った人かもしれないけれど、どこかではとっても素敵な人だ、ということもたくさんあるんじゃないかなあ、と思っている。
みんな自分にとって居心地がいいところにいればいいし、勉強しやすいところですればいいのだと思う。