人の言動が気になるとき、ああ、暇なんだなあ、私、と思うということ。

新卒で勤めた学校は、あれこれ心構えなどを教えてくれる学校で、それはそれはその後の人生に役に立った。
ときに母も私の考え方や、いろんなことに対するそのあり方を褒めてくれる。
建設的に人生を歩んでいこうとするときに、大変にありがたいことを教えてもらっていたものだと思う。

その中でも一番心に残っていることは、人が気になるというのは、手元がお留守になっているということだった。
だから、誰かのことを、ちょっと気にしていたり、いやもっと強力に嫌だなあ・・・、と思ったときには、
ああ、私余裕やねんな。
とか、
ああ、私、暇やねんな。
と思うようにしている。
だいたい、自分のするべきことに必死であったら、人のことを気にしている間がないのである。

最近、私のことを働きすぎ、だと指摘される方がいらっしゃる。
誰にも迷惑かけていないし、その方が役に立っているのだから、誰に何を言われる筋合いもなさそうなものだけれど、ちょっとああ、またか、という気持ちがないわけではないけれど、それも余裕がおありになるのだろうし、たぶん時間もおありになるから、私のことも気に掛けていただいて、親切なんだな、と思うことにしている。
仕事をしているので、生徒さんのために衣服などを揃えることについても、お金を貯めておきなさい、現役時代は・・・。
などとまるで親戚の人のようである。
私は、だいたい着た切り雀で有名人で、きっとあの世に行かれたお義父さんは、まだ仕事をしているから、なんとか衣服を揃えるというようなことにも気を配っている私に、ホッとしておられると思う。
というより、買い物に行ったら、母に
あれ、可愛いやん。買ったら?
とそそのかされ、挙句、試着させられ、もう店員さんと話は決まっていそうなときに、
私、こんな買い物していいのかなあ・・・?
などと言うと、
いいやん。私が買うわけではないから・・・。
と言われる始末である。

それに、講習時には、周りが言っていることなど構っていられなくなる。
幸いにして、雪かきがどれほど好きであろうとも、この講習時に豪雪だと、確かに困ったかもしれないけれど、今年の冬期講習ももうすぐ終わりそうで、冬期講習前には雪がたくさん降って、積もったけれど、講習中にはほとんど降らなかった。

ということで、人のなりふりなど気になっているようでは、私は暇なのだな、と思うし、仮に講習時にそんなことがあったとしたら、ああ、私まだ余裕なんだな、と思うだろうと思う。

ただ、一応、塾とはいえ、今も教師であることは変わりがないので、生徒さんの品格を高めたリ、受験に合格するための在り方に関わることであれば、それなりに目を留めもし、話して言い聞かせるかもしれない。

それだって、その子その子の人生だから、よほど私の仕事に関係のあることでなかったら、気にしている私が暇だということになるのだろうな。
個性だし・・・。