俳句とカメラの相関性

私は写真を撮るのが大好きです。
一時時間を作って写真撮影に出掛けたりもしていたのですが、最近、またそうもいかなくなってきました。

俳句と短歌のどちらが好きか?と言われたら、今なら短歌ですが、中学生の頃は俳句が好きでした。
この二つの、日本が誇る短詩型文学は、よく並び称されますが、明らかにその性質を異にします。
もちろん、俳諧の連歌と呼ばれていて、その俳諧の下の句が俳句となったのですから、もちろんリズム的には親子関係にあります。
ここに、動詞と形容詞があって、活用形は動詞に似ていながらその性質は形容詞に似ている形容動詞を思ってみたりするのが自分でもおかしなところです。(笑)
ちょうど先日まで新高1生に古典文法の触りを教えていたので、ついつい・・・。

閑話休題。
私は季節感あふれる俳句が大好きです。
というか、だいたい恋の歌がとっても好きなわけでもないので、どちらかというと山部赤人や柿野本人麻呂が歌うような、叙景かが好きだからかもしれません。
俳句では恋はなかなか詠みこめない。
一瞬の景色による感動が多くなります。
その一瞬がカメラで写し取る一瞬に似て、私は大好きなのです。

それは、私が初夏生まれで、よく母が私の生まれた季節を新緑の青葉が・・・、と語ってくれるからかもしれませんが、私は季節の移ろいが大好きです。
子どもたちが、秋と冬に生まれたので、それまでは幾分苦手であった季節が大好きになりました。

あきつしま日本。美し国日本。
俳句を詠む、ということと、この四季の移ろいの素晴らしい、小さな島国に住んでいるというしあわせが共に実感してしまうことのなんと多いことでしょうか。