八木重吉の詩から

先日、渡辺和子さんの『幸せはあなたの心が決める』の中で、八木重吉の詩を読みました。

人と人とのあいだを
美しくみよう
わたしと人とのあいだをうつくしくみよう
疲れてはならない

わざわざ美しく、とうつくしく、漢字表記とひらがな表記にしたのは、何か意味があるのでしょう。

渡辺和子さんは、

重吉が決して人間関係を美化しようとしているのではなく、わざと曲解したり、こだわったり、要らぬおせっかいをすることなく、人間の不完全さを心に刻み、自分の罪深さも自覚したうえで、人と人とのあいだを美しく見ようとしているのでしょう。

「許す」ための工夫も必要です。

(中略)

いずれにしても「疲れてはならない」のです。

と書かれています。

私もときに疲れます。
これだけやっているのに、なんで響かないのか?と思わされたこともあります。
わからないのはなぜか?
許しもし、許容もし、譲歩もし、工夫もしているのに・・・。

でも疲れてはならない、というところに私は共感します。
疲れているのはいまだしだなあ、と思っています。
まだまだ修行です。
自分も当然間違ったことなどしていない、と思っているけれど、相手は相手で、自分は間違っていない、というでしょう。
人間は正しいか、間違っているか、出生きているのではありません。
気分というものもあれば、それまでの生活があって、それぞれの生きてきた過程があって、そして出会うのです。

自分の不完全さも、人の不完全さも、受け入れられるような自分に、いつかなれたらなあ、と心底思っています。

最近は、「毒親」「機能不全家族」など、定義して、受け入れやすくなっている概念があります。
専門的な定義としてあるのではないのかもしれませんが。
取り入れて、受け入れやすい時は使いつつ、それでも、人と人との人間関係は、定義づけでは解決できないような気がしています。
長い人生を歩む中で、それぞれ、こだわっていたものを手放す時期というものもあるでしょう。
ときに寄り添いながら、でも、ときには距離を取りながら、私もサポートする側に回っていることもあります。
その人、段階に応じて、言葉掛けも変わってくるのだと思います。
でも、とりもなおさず、人生での経験ほど強いものはないなあ・・・、と実感しています。

出典 渡辺和子『幸せはあなたの心が決める』