哲学カフェに参加して・・・。

久しぶりに哲学カフェにZOOMでではなくて、現地で参加させていただきました。

とても楽しかったのです。

皆さんと実際にお目に掛かって、お話しできたことが・・・。

でも、その間、テーマも関りがあったことだったからですが、私はずっと考えていました。

しあわせ、って何だろう?ということについてです。

能力主義か、それとも、世襲制的な貴族主義か?という議論であったと理解しています。

また、なにをもって、子どもたちを育ててきたのか?ということにも想いを馳せていました。
帰りの車の中で、若いころ、考えていたことを思い出しました。

もちろん、勉強はするに越したことはありません。
実際私などは、勉強する時間のない時期はかなり苦しかったのです。

でも、私はたまたま、勉強そのものが好きだったし、人と接することが好きだったし、人に何かを伝えることが好きだったから、勉強もし、教師にもなりました。

割と世間的に、受け入れられることをしていて、、そうなることをとがめられる要素は少なかったように思います。
ただ、父は、教師という仕事を長く続けさせたくはなく、先輩と友達の結婚式にはしごして、実家に帰った私に、
人の結婚式にばっかり出て、お前はどうなってるのか?
と問われて、
だって、仕事が・・・。
と返すと、
いつまでも続けられる仕事やないやろう・・・。

と結婚することを催促されたものでした。

結婚してすぐに授かった娘に対して考えていたことは、本当に幸せに生きてほしい、ということでした。
親などいついなくなるかわかったものではないのですから、できれば周りの人と仲良くしてくれて、仮に何が起こっても、生きて行けるようになってほしい、と願っていました。
それが、どうすればいいのか・・・?というと、やはり夫婦で仲良くすること、そして、その子が持っているものを最大限に生かすことだと思って、そういう方向で努力していたように思います。

息子の時は、割と自分に似ているタイプだったので、できることなら、人のために役立つことで、人の中に入っていき、人の輪の中で、役立つことで自分を伸ばしてほしい、と願っていました。

今日の哲学カフェへの参加は、何がしあわせ?ということを真剣に考えさせられた時間でした。
周りの方々と、楽しい会話をしながらも、それでもどこかで考えていたように思うのです。

しあわせを考えるときにいつも役立ってくれるのは、大学時代に一生懸命勉強した発達心理学や性格心理学でした。
いろんな方面から、自分の専門分野である国文学だけではなく、心理学の専門科目を一生懸命受講し、学んでいました。

学問的にもそうですが、初めて赴任した学校の生徒への指導が、心の在り方を重視したり、生徒たちにとっての真のしあわせを考える学校だったので、自ずと実地に人間というものを学ばせていただいていたように思います。

そんな若いころに学んだあれこれを抱えつつ、それでも目の前に起こる現実の子育ては、学んできたことよりずっと面白くて、そして大変でした。

でも、親子関係、って、本当は楽しいものだと思っています。
親が発見すれば、子どもの姿は変わりますから。

徳とは何か?ということについて、たくさん考えさせられました。
一生懸命に考えて、子育てしながら、人望のある人間になってほしいと願っていたことを思い出しました。

なんかあいつの言うこと面白そうやから、やってみよう・・・。
なんかあいつのためにやったらやってしまうとこあるなあ。
とか、
また、あいつ、しゃあないなあ、と言われながら、着いて来てくれたり、何か協力してくれたり、でも、それを周りが楽しんでしてくれるような・・・。
もし一緒にいることを楽しいとか嬉しいとか思ってもらえるような人になってくれたら、なお嬉しいだろう・・・、というようなことを考えていました。

そうそう、信用があれば人もお金も動く。
でも、お金があっても、人が動くとは限らない。

そんなことをぼんやり考えていたのに、それは言ってなかったなあ、と今思い返しています。
いつか皆様にお話しできるときが来るかな?と思っています。