新しい発見をして、生きていき易い私。

なぜか年末に出会った若者のおかげで発見があり、それは相当に大きな発見で、私はその発見のためだけに相当に嬉しい初春を迎えている。
明るいお正月である。
人生において、発見があるごとに人生は軽く明るいものになって行くと思う。

随分常識にとらわれて生きていたものだと思う。
本当に自分が求めていたことが分かったような出会いだった。

たったひとときのことで、おそらくはその若者にこの先出会うことはないだろうと思う。
それなのに、私は大きく触発され、その若者も、私の話から心を決めたこともあったようだった。

折に触れいろんなことを考える。
人生の中での、○○の時代はどういう意味を持っていたのだろうか?
それが不意にああ、滑らかに今につながっていたのだな、と実感する瞬間というものがある。

今を生きるために必要であった経験がある。
札幌時代、どうしてこんなにばかばかしいことに真剣に取り組まなくてはいけないのか?という疑問を持って、ある人に
なんで、こんなことをしなければならないのでしょうか?いったいどういう意味があるのでしょうか?
とお訊ねしたことがあった。
つくづく若かったなあ、と思う。
その経験の意味なんて、相当後にならなければわかるはずないのだから。
そのときを振り返っても思う。
当時、そうあるべき人がサポートしてくれなかったために、結構しんどかったこと。
聞くべき人が全く私の悩みに耳を傾けなかったから、私は苦悩しなければならなかったということが分かった。
それをして、いまだに怒っている人もいるくらいで・・・。
その話をした当の本人は、周りから
それは聞いてやらんなん・・・。
と言われいたらしい。
かと言って恨むというような感情は持ち合わせていなくて、そのとき、誰の助けももらえなかったからこそ、培った力をありがたく思っている節がある。

それ以前に仕事をしていた自分にとって、ささやかだけれど複雑な人間関係の中生きることが、なんとも無意味に思えたのだった。
それをこそ楽しんでいる人もいたというのに。
でも、聞いてみると、みんなが大変には違いなかった。
私は、この、大変であることが基本的なことだと理解できていなかった。
相方の仕事が大いに自分の生活に影響してくるような生活をしていて、自分には考えようも着かない価値観の中で、全くわからない発想を聞いて、どうしてもわからない会話がなされていた。
しょっちゅう曲解もされていた。
それでいて、会社は、門外漢の私を頼りにしてくれて、それがことをより複雑にしもするのだけれど、とりあえず貢献もしていたよなあ、と思っている。
相方はそんなことどうでもよかったのだけれど。
というより、何をしているかも気付いていたなかったし・・・。
それだけ仕事に一生懸命だったということだろう。

なんとも大陸的におおらかに過ごしていたとした思えていないらしい。
実際、思い出の中の札幌時代は、かすかに社会復帰をし、学生時代を思い出させてくれるできごともたくさんあり、勝手にその土地でのおもしろさを満喫していた。

その時の経験が、今、仕事をするうえで大変に役立っている。
そして、その時代があったからこそ、それを理想形とするのでもなく、その時代を今の生活に生かせばいいのだと思っている。

なんとも理不尽さと大きな喜びとがどちらもあったおもしろい時代だったなあ、と思う。
でも、一つだけ言える。
ただただ、力を付けさせてもらっていたなあ、と。