新鮮な食べ物を食べることの効用ー家族でいることのけなげさ

おいしいものを食べるだけで人間は豊かな気持ちになります。
私の経験で言うと、家で手間暇かけて作ったお料理程おいしくて、家族の心を豊かにするものはないと思います。
手間暇かけるのは余裕のある時しかできませんが。
おいしいご飯を食べることって家族にとっては至福の時です。
もし関係がぎすぎすしたらおいしいご飯を作ってみてはどうでしょうか?

夫婦は顔が似てくる、と言った人がいます。
同じものを食べて同じ時間を共有しているからかな?と思っています。

音楽も地方性がありますが、イタリアなどの南北に長い国だと北部と南部では食べるものから違って、当然その気質も音楽も異なるのではないか?という説があります。
食べるということ。同じものを食べるということ。
それは身体を作ることであり、同じ文化の中に生きるということです。
家風という言葉があるように、同じものを食べて生きて行くのには共有するものがたくさんあるはずです。

家族というのはたゆみなく一緒にいるための努力をするけなげな営みだと思います。
何にも根拠なく一緒にい始めた男女に子供が生まれて(三世代同居などならまた話は変わって来るにせよ。)、それを一緒にいるために、一つのユニットとして存在するためにお誕生にを一緒に祝い、祭りをし、一緒に出掛ける。あるいはお買い物をする。
そこには家族全員の一緒にいるための努力があると思います。
食べるということはけなげな営みです。
毎日毎朝毎晩食事を作って一緒に食べる。
その中に込められている思いを思うとき、余計に家族というのはけなげなものだなあ、と思うのです。

先日、夫が妻と射ることを居心地がよく思い、奥さんは夫が嫌だという場合のご夫婦についての在り方を語ったあるサイトの中の投稿がありました。
そういうのは長年、奥様の努力に対して夫の方が胡坐吾を書いていたと言わざるを得ないわけで、それを愛情、と妻の方も思い込まなければやっていられない時もあるのでしょう。
それでも時代が声を上げることを許すようになり、これからはどちらか一方だけが我慢をするという形は流行らなくなることでしょう。
コロナ禍もあり、それがきっかけになって夫婦の在り方を考えることになっているように思います。
誰もが同じほどの努力をし、縁の下の力持ちだけに頼るのではなく、少しずつ支えあう。
そういう素敵なバランスのもとに家族というものを再認識する必要があるのではないでしょうか?