話の中で・・・。

私は、あまり人を意外・・・、とは言わないようにしているつもりである。
だって、その人にはいろんな顔があるから・・・。
それから、あなたって、○○なところがあるんじゃない?もあまり言わないようにしている。
私が繊細な面を見せる場面も、そうして、意外に大胆な面を見せることもある。
ただ、絶対的に正しい在り方、なんて存在しない。
その場その場の文化もあれば、歴史もある。
それもかなり相対的だから・・・。

でも、今日、かなり久しぶりに、違う価値観を突きつけられた気がした。
私は、その場その場に、その場独特の価値観があると思っている。
それは入っていく側が合わせなければならないし、合わなければ出て行かなくてはならないとも思う。

ある程度、その場に馴染み、信用もでき、相手も自分の話なら聴いてくれるだろう・・・、というほどの人間関係ができて、初めて意見を言えると思う。

お金を払ってもらう相手から、自分は死ね!とか言われますよ!と言われても、それは、死ね!という言葉を言ってはいけないのであって、その集団の中で言われていることをどこかの集団に当てはめることはできないと思う。

それもある。
高校の教員として赴任した若いころ、先輩の先生たちには、あれこれ言われた。
住んでいた寮の寮長先生からは、「あんたが○○なんだよ!」などと歯に衣着せず言われた。
それも愛情だったと思う。

けれど、やはりお前が○○なんだ!的な話は良くないかもしれないなあ・・・、と思う。

この場には合わない、とか、○○だから○○・・・、ならいいと思う。

自分の方の受け止め方だけ主張して、相手がどうとらえるか・・・?ということに、あまりに無頓着でいては、一方的になる。
誤解を受けたことについて、説明はするけれど、それも価値観が違うから平行線になることもあるだろう。

今日、長年、分かり合えなかった人と、分かり合えなかった理由がはっきりした気がした。
いろんな経験が、人生の中で起こったことへの理解の糸口を見せてくれることがある。

正直、言われたことをすべて理解できたわけではなかったけれど。