高岡の雪景色に感動するおばあちゃんー高岡の相談室 「しあわせるーむ」

 

年末に雪が降った日に、なんでだっただろうか?
歯医者さんに送りに行ったときのことだっただろうか?
桜の馬場通りを車で走らせていたら、母が

うわあ、きれい!ほんまきれいなあ!

と子供のようにはしゃぎだした。
単純な人である。
まあね、私の母親ですからね!

昨年末から年始に掛けて母は整形外科に入院していたので、雪景色をほとんど知らない。
その母が今年大変に降った日に車で出掛けて、本当に大喜びしたのである。

この2年足らずの間に、母には戸惑いも葛藤もあったようだ。
5年前に父がなくなり、1人で暮らしたいと言っていた母であるが、まずは住み慣れた関西にいる妹の住んでいる近くに住んだ。
一昨年の春に大動脈解離を起こし、これは誰かが同居しないといざというとき怖いな、という話になった。
妹のところはまだ独立していない子供がいるし、マンション住まいである。ついでに東京の兄もマンション住まいである。
それも母の苦手な高層である。

たまたま仕事場にしているところは部屋が空いている。それに父がどうも私のところに・・・、と言っていたのも知っている。
おそらくは、いろんな条件をあれこれ考え、人間関係的には初めてのとこだけれど、まあいろいろ考えたら私のところだと思っていたらしい。

高齢者の気持ちはわからない。
正直まだ高齢者ではないから。
母が来て、私は私なりの戸惑いも葛藤もあり、気付いたら誰かに相談したり、友人に話を聞いてもらったりしていた。
正直、気付いたことはできるだけの行動はしてきた。

それでも足りないところだらけである。
そんなの自分でもわかっている。
ただただ、周りの人に相談し、時には電話をかけ、もしかしたら苦情か?と思われるような話になっていた可能性もあった。

でも、生徒が悩んでいる私に言ってくれて、とんでもなく元気づけられたことがあった。

先生はね、悪気がないから、誰も先生の言ったこと、変には取らんよ。

自他ともに?優秀だと認める彼である。
なかなか生意気に言ってくれた。
そのことが嬉しかった。

専門職の人に、よくわからないことを言って困らせていないか、ずっと気になってもいた。
周りはあれこれ言うし、悩んだこともあった。
人の顔を見れば、余裕ないから、と言ってくれる人もいた。
それはあくまで推測の域を出なかったらしいけど。(笑)

誰だってその人の身にならなければわからないこともある。
母の思う母と娘の関係と私の思う母と娘の関係も違う。
家族の在り方の形も違う。

何でも言うのが家族という考えもある中で、私は家族は究極の人間関係だと思い、境界線をむしろしっかり引くべきだと考えている。
思えば父が亡くなってから、母との関係性について、以前より考える機会が多くなった。
なんとも言えない虚しい気持ちになったこともあった。

でも、その度助けてくださる方々がいらして、本当によくしていただいたと思っている。

来し方を考えるとき、母が、この地に来て、嬉しそうな声で楽しそうなことを言ってくれるとき、私は本当に嬉しくなる。