悔しい気持ち

もしも、飲まずにいられない、という気持ちを、今の私に置き換えるとするなら、書かずにはおれない・・・。

母に愚痴っていて、「私、ぐちぐち言ってる・・・?」と聞いたら、「そんなことないんと違う?もう、書いたんやろ?そしたら、いつまでも思うてないやろし・・・。」と娘の文章を書くことの、それで助かっていることを知っているご様子。笑

私、「うん、明日になったら忘れてると思う・・・。」と語った。
しかし、いつもなら、結構寛大な面を見せる私であるが、で、母は、そういうとき、面白いやん、というほどには仕返しの精神を持っているのではあるが、いつもなら、し返す、という言葉がピンと来ないが、今回は、「言ってやりたい!」と思った。

昔の話である。
しかし、これだけ思っているのだから、相当腹に据えかねていたのを、長年、きっと、封印してきたのだろう・・・。
自分が下手だったのだからと・・・。

今夜悪口を言うのだけは許してほしい・・・。
正直、暴言吐きます!

そんな演奏して、客から金取るなよ!
私がピアノ弾いたり、歌う方がましや!
朗読?
文学、なめんな!

母に演奏を聴いてもらった。
母には、時折、電話口から、私の歌やピアノを聴いてもらう。
「うまいとか下手とかはわからへんけど、すごく聴いてて、感じがいい。」

私は、誰が演奏されようと、罵声を浴びせたりしない。
これでも教育者である。
人の努力を、誠を、踏みにじったりしない。
下手でも素敵な表現もある。

でもたとえ、若かったとは言っても、演奏者として、人を潰すほどの表現をした人が、今、お金を払って、聴いていただく演奏や朗読に、これはないやろ、と思う。長年、引きずるほどの罵声を浴びせて・・・。蛇ににらまれた蛙のよう・・・、と表現されていたっけ。面白がられながら。
今の私が思うのだから、当然、私の生徒が同様な、かつての私がされたような表現をされたら、怒る。
指導ではないから。人を活かす表現ではないから。

母に、私がまずい、と思う演奏を聴いてもらった。
母、「なんか、私の電話、おかしいねんけど・・・。」
私、「そうなん?」
私、「そやけど、この朗読、下手ちゃう?それから、この歌、あまりにも舐めてない?」
母、「ああ、やっぱり下手なん?」
私、「やっぱり!?私が、歌曲、歌うほうが、まだましやろ?ドイツ語やで。」私は思った。

いくら若い頃であれ、そうして、それが事実であっても、人のある意味、その時の力で精一杯頑張っていた演奏を、「突貫工事」などという表現をした人が、それで許されるのかな。

これが、若い頃、いい音楽がしたい、と人を追い詰めていた人の、「お金をいただいて」、聴いていただく音楽なんだろうか?

この件で、仮に私があくまで本人に、文句を言われたとしても、私は、言い返すことができる。
教育について語るとき、熱くなります、とあったが、あなたに教育は語らないでほしい、と思ってきた。

先輩、あの時、私に言った言葉は何だったんですか!?

ある人が言った。
櫻井先生は、陽の当たる場所を歩いてきた人なんで・・・。
人にはダークな部分があるんで・・・。
自分のような、日陰を歩いてきた者には・・・。

母に言ったら、「よう、言うわー。あんただって苦労もしてきたやんなー。」

じゃあ言わせてもらおう!!
これが、今日の、この暴言が、櫻井の一生掛けて気にしてきたダークな部分です!
憎みたかったし、嫌いたかったし、腹立って、言いたいこといっぱいあった。
今まで、私が下手だったんだから・・・、とそれを認められなかったけど、私、あの面々嫌いだし、ウソつきやから、いやっ!
でも、今日、相手の姿をしっかり見つめて乗り越えました!
これ以降は、もう、金輪際、相手しませんから!!

人の姿が見えたら、ホッとするけど、残念。
どこかで期待していたなあ。寂しい・・・。